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「疲れた……」が溢れる日本社会。人生がしんどいと思うほど仕事が辛いのに無理して働くことになる理由

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某ポータルサイトの話題のつぶやきをたまにチェックしている。

だいたいの場合、そのときやっているテレビ番組の話題がランキングに入ってくることが多い。

ネットが浸透したとはいえ、テレビというのはまだまだ相当な影響力があるのだ。

テレビをもたない自分にとって、ランキングにはほとんど知らない言葉が並ぶ。

それでも困った経験はないので、テレビをもつことはこれからもないだろうけど。

テレビはつまらないし、いらない? 処分したらお金も時間も節約できた
昨日も今日も仕事だった。 今週だけは少し忙しい。 お盆前で長めに休むので、その分多めに働かなければならない。 俺にとっては...

そんな話題のつぶやきのランキングだが、時間によっては、人々が自然とつぶやいただろう言葉が入ってくることがある。

その中でも、おれの目に留まったのは
「疲れた」だ。

これは、マス・メディアが発信した言葉を受けて、多くの人が話題にしている言葉ではない。

無数の人が偶然、なんとなくつぶやいた言葉である。

「疲れた」という言葉につながる自分の身体の信号を感知して、それが脳内で言語化され、たくさんの人が、思わず同じような時間帯にその言葉つぶやいたのである。

人生に疲れた。

疲れた。消えたい。

なんかもう疲れた。

仕事疲れた。行きたくない。

生きるのに疲れた。

「疲れた」という何気ない言葉が、夕方や深夜に話題のつぶやきのランキングに入っているのをみたとき、幸せや幸福とは何なのかを考えてしまった。

この日本の「社会」が目指しているものは何なのか。

多くの人が幸せになる「社会」ではないのか。

とにかくツイートを見る限り、また俺が世相を見る限りでは、日本の多くの人が「疲れた」状態にいるように見える。

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「疲れた……」過労でも社蓄化が進み会社を休めない

疲れたと感じるのは、身体に無理がかかっているからだ。

身体がそろそろ休みたいという信号を発して、その身体の反応が「疲れた」とか「しんどい」という言葉として脳内で言語化される。

ある意味、身体からのメッセージなのだから、疲れたら休むべきなのだろう。

でも簡単には休めない暗黙の空気が漂っているから休めない。

疲れても休めないから疲れが溜まっていく。

休まない限り、疲れはとれない。

外に遊びに行っても、実は溜まってしまった疲れは取れない。

以前に書いた下の記事で紹介した本では疲れたときの対処法について詳しく述べられている。

「疲れが取れない」人が知っておくべき、疲れをとる方法
人は、無理をすれば疲れる。 だが、日本には無理をするのが称えられる社会風土があるため、暗黙のうちに無理を強いられる。 たくさんの...

では多くの人を疲れさせているのは何なのかといえば、1番は、おそらく会社での労働だろう。

週5日でも毎日残業している人や、さらには土日さえも仕事をさせられるブラック企業で働いている人は、過労で慢性的な疲労感を身体に抱えているはずだ。

にもかかわらず、日本では、会社で「普通」に働こうとすると休みをとるのは簡単ではない。

有休消化率の世界ランキングが、それを物語る。

いつも下から数えたほうが早い。

ワースト1位を争うくらいの状況。

さらに残業さえ常態化し、定時で帰るのに気をつかう空気がオフィスには充満している。

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人生がしんどいと思うほど無理して働くことになる理由

なんでこんなに働くのがしんどいかといえば、企業に対し労働者の権利が弱すぎるからだろう。

個人で大きな企業を相手に、モノ申す勇気のある人は少ないだろうし、(そんなことをしたら、クビにされかねない)人数を集めて数で勝負しようにも、労働組合の力もかなり弱くなってしまっているのが現状だ。

そして、企業を運営する側は、より効率的に会社を回して自分たちの利益をさらに増加させたい。

そのために経済団体を作って政府に働きかけ、労働者をさらに厳しい環境で働かせようとする。

そういう団体には、よく名前を聞くものであれば、日本有数の大企業が集まってできた「経団連」、「経済同友会」、「日本商工会議所」などがある。

少し前にニュースでもよく聞いた、「電事連」も電力事業に携わる企業が集まってできた団体だ。

規模が大きくなれば、お金もあるし、組織票といわれる選挙の票さえも集めることができる。

こういうことができれば、「誰が政治家になるのか」「党のリーダーになるのか」にさえ口を挟める力をもつようになる。

こうして、俺たちが日常的によく名を聞く企業の上層部にいる「偉い」とされる人たちが、定期的に政治家と会議をしたり、料亭で会食したりして、税金の取り方から労働者の働き方をまでに関与できる。

残業代ゼロ法案なんて言われているものさえ、現実化してしまいそうな世の中だ。

こういうふうにみてみると、本当に政治力があるのは、政治家個人ではなくこういう企業という見方もできる。

さらに大企業はお金の力でマスメディアさえコントロールできる。

自分たちのやり方を批判するなら、スポンサー料を払わないぞ、となれば、メディアも運営資金を集めねば成り立たない私企業なので、言うことを聞かなければならなくなる。

そこで働いている人は、スポンサーにたてつけない。

典型的な例をあげれば、2011年の地震で起きた原発事故の報道だ。

電力会社は、ほとんどのマスメディアの主要なスポンサーだった。

原発はなくても実際に電気は足りたが、火力でやるなら電気料金を値上げしなければならないという情報が流れた。

それなら企業側もギリギリでやってるのかと思いきや、2015年には、原発事故を起こしたあの企業が最高益を出すという、まさかの現実が目の当たりになっている。

どこかの都知事の、原発事故と比べたら圧倒的少量の出費をメディアはあれだけ責め立てた。

事故後の処理に、その何倍もの税金を費やしているあの企業には、どうしてこうもお手柔らかなのか。

こういうことは、日本の現状を表す氷山の一角で、さまざまな場所で同じようなことが起こっているに違いない。

また日本は義務教育でも、使いやすい労働者をつくり上げるためにいろいろな手が使われている。

これについては下の記事に書いた。

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人生がしんどいほどに働くことにこの社会がなっているのには、それなりのわけがある。

さらに「疲れた……」が氾濫する社会へ?

そんな社会の仕組みをみていると、労働者の立場は一向に変わる気配はない。

過労死やブラック企業、社蓄という言葉は、一般にかなり浸透している。

それが物語る現在の働く人たちの置かれた厳しい環境を目の当たりにできるのだから、働きたくない人、ニートやフリーターが増えるのも、当然の帰結なんじゃないかとも思う。

「セミリタイア」したい人たちだって、同じような気持ちだろう。

だってあまりにも、会社で働くことに希望がなさ過ぎるもの。

「疲れた」という言葉が自然とでてくる状態というのは、身体はもちろん、頭も疲れている。

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頭が疲れていれば、冷静にものごとを考えることもできない。

疲れていれば、家に帰ってからも、小難しいニュースなんて見たくなくなるだろう。

10時間以上も会社で働いて疲れきっていたら、政治家が記者に囲まれてしゃべっている姿や国会の討論なんてみたくないに違いない。

休日には身体を休めたいのだ。わざわざ選挙に出向きたくもないだろう。

働きすぎは、こういうふうにして政治離れともリンクしている気がする。

政治というのは、その国に住んでいる人から集めた税金をどう分配するかを決めるのが一つの重要な機能だ。

その政治を動かしている国会議員というのは、この国に住んでる人を代表している。

それなら、国会議員の多くの割合は、「普通」に働く人たちが占めるのが至極まっとうなはずだ。

だけど、なぜか親が国会議員だった人とか、官僚出身だったり、大企業の社長とか、人口の数パーセントにすぎないような金持ちがほとんどの議席をしめている。

選挙にも、お金に余裕がないと出られないようにしてあるのも、実は一部の人たち政治を独占させたいだけでは?、と疑ってしまう。

親が国会議員というだけで国会議員になれるなんて、何か変だとはおもいませんか?

(これだけ生まれた家によって差があるなら、
もう「努力でなんとかなる」なんて軽々しく言えないんじゃあ・・・・・・)

給料が何桁も違う世界で生きている人たちに、しかも生まれたときからお金をはじめ、いろいろな面で優遇されている人たちに、普通に働く労働者の立場がわかるわけがない。
(一般人からの成り上がりもいるけど、そんなの一部でしょう)

しかし、そういう社会の上層にいる人たちが社会のほとんどのことを決めているのが現実。

そうだとするなら、さらに「普通」に働く人が「疲れる」社会に突き進んでいくとしか思えない。

それでも、自分を犠牲にして一生懸命に働くことは美徳なのだろうか。

はっきり言ってしまえば、こういう状況で働きたくないし、もうやってられねぇ。

こういった社会の構造への懐疑と、海外を一人旅した経験から、俺はそんな社会をドロップアウトすることにした。

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