昨日も今日も仕事だった。
今週だけは少し忙しい。
お盆前で長めに休むので、その分多めに働かなければならない。
俺にとっては時間の豊かさというのが、幸福感を感じる要因の中でも大きな部分を占めている。
時間がないと、ゆとりがなくなって、幸福を感じる時間が減っていく感じがする。
消費者金融で借金するほどにお金がない状態なら、「あぁ金利もあるし、早く返さなければ」と不安に陥るし不幸感もジワジワ上がってくるのかもしれない。
そうなれば、お金が幸福感を左右する大きな要因として存在感を発揮するだろう。
今のところ、ほぼカツカツではあるが、そういうところにお世話になることもなく過ごせているのが幸いだ。
おそらく、週5とかで普通に働いて多めの収入を得ている人で俺の状況に置かれていたら、金銭的に不幸だと思うだろう。
平均値とかでみたら、おそらく俺、圧倒的にお金ないですから。
あんまり先のことを考えないとか、なんとかなると考えるようにしているのが、いいのか悪いのか今の気分にも影響を与えているのだろう。
幸福感というのは、極めて主観的で、その人の性格だけでなく、状況によっても左右される、変化しやすいものなのかもしれない。
テレビを見なければ、消費欲求が減ってお金も節約できる?
昔、テレビでは、芸能人などセレブっていわれてる人たちの生活をみせる企画が定番だったのか、よくみかけた。
演出として誇大にみせているんだろうけれど、こんなにもいろいろなものを持っていて、私はすごいんですよっていうのをカメラがとらえていく。
家が大きくて外装も派手で、たくさんの高価なものに囲まれた生活。
あれを見て私もこんな生活がしてみたいと、思う人もいるのかもしれない。
俺から見ると、あんなに広い場所を持つから、なにもなければ、空間をもて余してしまうことになるし、そこを埋めるたくさんのものが必要になって、そのためにお金が必要になるんだろうなぁ、とか思ってしまう。
そうだとしたら、お金があるから、ああいう価値観になるんだろう。
だいたい、広告を収入源にしているテレビを含めたマスメディアは、広告が主要な収入源なのだから、常に画面に、こういうものがありますよ、これがあればこんなに便利になりますよ、幸せになりますよっていう価値観を無意識のうちに延々と刷り込ませていると思う。
それを長期間にわたり視ていた人が、お金をたくさん得て、よりたくさんの便利なモノを持てば幸せになれるというような「消費サイコー!」的考えになってもそれは当然の流れなのかもしれない。
ということは、テレビをみなければ、そういう余分な消費欲求は減って、お金を節約することにつながるということになる。
テレビはつまらないので、もういらない? 処分してみたら……
そういう芸能人たちが買ったものが、画面に映し出されても、俺とは趣味が違うんだろうけれど、いいなぁと思うことがほとんどない。
まあはっきりいうと、つまらない。
自分で貧乏生活を体験してからは、逆に、こんなものにこんなお金を使っているのか、と思ってしまうことが多くて、テレビに出ている人と同じような生活がしたいとは全然思わなかった。
そういう人間からみると、こういう番組を流す目的がわからない。
見ている人に羨ましがらせるのが目的なのか。
お金をたくさんもてば幸せになれますよと思わせたいのか。
それが視聴者にとって何になるのだろうと疑問だったし、大して面白い番組があるとも思っていなかったので、テレビは10年以上前に捨てた。
つまらないと思うテレビ番組ばかりなのだから、そんなものに時間を使えば、自分の人生がつまらなくなるだけだし。
テレビを捨てた当時でも、ネットで十分な情報が手に入るようになっていたので、全く困らなかった。
テレビをみるのには、視聴者は主体性をそんなに必要とされない。
だから、それが本当に見たいと思ってなくても、つまらない番組でも、だらだらと見てしまうことがある。
実際、俺も小さかった頃は、テレビをなんとなく視ていてあっという間に日が暮れてしまった、という経験を過ごしたことはあった。
それでも後味がよければいいのだけれど、「あー、なんか時間がもったいなかったなあ」「どっかいっておけばよかった」と、後悔が残ることが多かった。
だがテレビを処分して気づいたのは、
まずテレビを買うのに何万ものお金がいらないし、
テレビの置き場所が必要なくなるので部屋も広く感じるし、
NHKの受信料も払わなくていいし、
時間の余裕ができて、
いいことづくめだということだ。
広告の刷り込みの影響を受けないことで、本当に必要のないものを買うことも減り、節約にもなっているだろう。
下記の本にあるように、テレビは映像の力で知らぬ間に見ている人の行動に大きく影響を及ぼしている。
テレビの話題を会話のタネとしては使えなくなるけれど、日常生活にも、いくらでもそういうネタは転がっているので特に困ったことはない。
(俺の友人もテレビのネタで話をする人はほとんどいないのはラッキーなのかも)
テレビがなくなったからといって、時間をもてあますということもない。
行きたい場所も、読みたい本も、見たい映画も、聴きたい音楽も、世界には十分なくらいにある。
俺が関心をもっているそういったことについても、誰もが好むようなものでなく、どちらかといえば少数派なものが多いので、マスメディア的なものからだとほとんど情報を得られない。
ネットが普及して、多くの人が求めるものではない少しマニアックな情報を得るのも簡単になったので、だいぶ助かっている。
テレビを捨てたり、多数の人が得る情報と距離を置くようになったことが、俺がドロップアウトしたことにつながるのかもなぁ、と書いていて思ったけれど、結果からみるとそうなるべくしてそうなったのか。
運命みたいなものなのか。
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