ショックを受けて心の傷。気分が落ち込むし花見する気にもならないが、時間によって回復するのかも。

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時間というのは一人の人間が何をしようが、とにかく過ぎていく。

前の記事に書いたが祖母が亡くなった。

身内の不幸で日常が一変した。「祖母の死」で喪に服す中で見えた日常に隠れた無数の悲しみ。
しばらく、記事の更新をしていなかった。 やる気がでなかった。 内側から力がわいてこない。 外にでて日常の風景を見ていても、...

いろいろと葬儀後にやらなくちゃいけないことをやっていたら、あっという間に4月になっていた。

今年は桜が咲くのが早かったが、その華やかさと自分の気分に差がありすぎた。

毎年、花見をすることもないが、普段やっているようにただ街を歩く時にも、そういうスポットは避けた。

やることはいくらでもあるが、まだショックから負った心の傷みたいなものが塞がらないからか、やる気がでない。

なんとなく喫茶店やカフェにでかけて、窓際に座って通り過ぎる人たちを見たり、ネットをみたりしていた。

それだけで時間は過ぎていく。

時間が過ぎれば、どんな記憶も薄れていく。

嬉しいことだって悲しいことの記憶だって薄まっていく。

人間の脳はほどよく忘れてくれるので、たすかった。

そんな日々だったけれど、ちょっとは気分的に回復してきたので、ここにも記事をまた書いていこう。

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ショックで気分は落ち込むし、やる気はでないが少しずつやったこと

なかなかやる気は出なかった。

でも徐々に動き始めた。

何をしたか、あんまり思いだせないくらい、ぼーっとしていたが掃除はした。

掃除は定期的にしていたのだけれど、細かいものを片づけるのを怠っていたので、部屋がごちゃごちゃしていた。

それを見て掃除しなきゃだけど面倒だなぁ~と思ってしまって、気分が下がったりすることもあった。

前にも「部屋が汚いときっていうのは自分の頭の整理もできてないときだ」なんてことを前に書いたが、まさにそんな状態だった。

部屋の片付けができない・部屋が汚いときは、掃除の後に頭の整理もしたほうがいい
ここのところ、部屋がめちゃくちゃになっていた。 脱いだ衣類は脱ぎっぱなしで床に放置されているし、本も散らばっている。 狭い部屋の...

ゴミ部屋とまではいかないが、要らない段ボールが溜まっていたり、服も脱ぎっぱなしで床に放置されていたり。

部屋も散らかり具合が頭の中の状態と同期していた。

ーー何日も大したことをしないでいたけれど、掃除くらいはできるかな

そんなふうに思って、掃除を始めた。

まずは床に放置されていたものを収まるところに収めた。

それから、使わなくなった服を売ったり、仕事で使わなくなったものをヤフオクにだしたり、いらない書類を整理したり。

おかげで部屋がだいぶすっきりした。

前は玄関をあけたときに空気がよどんでいるように思えたけど、今は風通りがよくなった気がする。

生活を営む上で掃除は基本的なことだ。

洗濯をすることも食事をすることも寝ることも、リラックスすることも、みんな基本的なことだ。

そういうことがおろそかになるということは、生活がおろそかになっている。

たとえばやることが溜まったり、忙しくてそうなりがちだけれど、その忙しさは何のためか。

生活に余裕をもたせるため?

幸せになるため?

今日よりいい日を送るため?

生活は基本的なことの積み重ねだ。

基礎がしっかりしていないところには、本当に良いものは仕上がらないだろう。

本末転倒になっては元も子もないな。

まあ、今回は呆然とせざるを得ないくらいショックな出来事が起こったから仕方なかったんだけれども。