今までに仕事を辞めて旅をしたことが何度もあった。
だいたいそういうときは、「これからどうやっていこうかな~……」ということを頭の片隅に抱えながら旅をすることになるんだけれど、そういう心もとない状態を一変させてくれるのは旅をしている最中の出会いだったりする。
以前に、九州のある小さな島へ行ったときもそうだった。
東京で働いていたのだが、週5日、満員電車での通勤と無機質なオフィスでの仕事の毎日を繰り返し、精神が疲弊していた。
そんな毎日で生活がマンネリ化していたので、もう嫌だと思って仕事を辞めて旅に出たのだった。
旅をしたからと言って、すぐに気持ちが切り替わるわけでもない。
頭にいろいろなことが浮かんできてしまうので、このときは海でも眺めてボーっとしようと海辺にきていた。
太陽の光が肌を焼くみたいに暑い中だったが、砂浜をしばらく歩いて、駐車場のわきにある日陰になっているところで座っていると、後ろから男の人の声がきこえた。
「暑いですねぇ~」
グレーの淡い色のシャツに紺のスラックスを履いた、背の低い初老のおじさんだった。
「そうですねぇ、日陰にいないと汗が止まらなくて辛いくらいです」と俺は後ろを向いて返事をした。
「旅行ですか?」と聞くと「そうです、5日目なんでもう行くところがなくなっちゃって」と、ちょっとはにかんで答える。
この島に5日間もいるなんて、日本人では珍しい。
1泊か2泊で忙しく観光スポットを周って帰っていく旅行者がほとんどだ。
どうやってこの島にきたのか尋ねると、「この車ですよ」とすぐ近くにあるちょっと大きめのシルバーのバンを指差した。
車のをみると福島ナンバー。
「え!?福島から車できたんですか?」
「そうですよ、2日かかりましたけどねぇ」と笑いながらおじさんは話す。
「冷蔵庫や電子レンジも積んでるんでて、炊飯器もあるんで自炊もできるんですよ。さっき今回の旅行ではじめて外食しましたわ」
なるほど、運転席と助手席以外の部分は6~7人くらい乗れそうなくらい広そうだし、家電を置くのには困らないくらいの大きさだ。
「後ろのシートを倒せば横になって寝れるので宿代もかからないんですわ。実は昨日もここの浜に泊まってたんですよ」
生活するには十分じゃないか。
トイレのあるところを見つけることができれば、この車で問題なく暮らせそうだ。
個人タクシードライバーとして独立し休みもとりやすくなった
こんな装備の車できているということは、全部でどのくらいの期間を旅行するつもりなのだろう。
おじさんに尋ねてみると「1ヶ月くらいかなぁ」という返事が返ってきた。
思わず「マジすか?普段は何をしているんですか?」ときいてしまった。
ヨーロッパの人ならバケーションを取れるので、1ヶ月くらい旅行する人は珍しくもないが、日本人の50~60代の人でそんな長期間の旅行している人はなかなかいない。
「おいらは、タクシーの運転手をしてるんだよ。毎年1ヶ月くらいはこうやって休暇をとって車で旅行しているんだ」
日本で1ヶ月の休暇を取れるくらい自由がきく職業があることに驚いたが、「おいら」という一人称も現実世界で初めて聞いた。
一見どこにでもいそうなおじさんに見えたけれど、だいぶ「普通」とは違う人のようだ。
「お兄さんは、普段は何をしているんだい?」と彼が聞いてきた。
「この間仕事を辞めたので今は無職ですよ。気分転換に旅行にきてるんです。前はオフィスにずっといるような仕事をしてたんですが合わなくて」
「オフィスの仕事っていうのは、毎日同じ人と顔を合わせなくちゃいけないのが嫌だよねぇ」
「そうなんですよ、職場の人が合わないと本当に辛いんですよね」
「おいらもいろんな仕事をしてきたけれど、ああいう事務仕事はもうしたくないねぇ。今の仕事が性にあっているよ」
「タクシードライバーって事務所では他のドライバーの人と顔を合わせなくていいんですか?」
「今は独立したから、事務所は行かなくていいんだ。前はタクシーの会社で働いてたよ。それでも事務所にいくのは朝の最初の時間だけで、顔を合わせるのはほんの少し。後は1人。自分が世界を動かしていると勘違いしているような客を乗せることもあるけど、目的地まで乗せたら終わりだからね。それくらいなら我慢できるもんだよ」
なるほど、デスクワークみたいに同じ場所にじっとしていなければいけないわけでもないし、嫌な人とずっと顔を合わせなくてもいいのか。
しかも後々、独立して1人でもできるなら休みも自分で決められるし、タクシードライバーなら全国どこでも仕事ありそうだし、人生の自由度もあがる。
俺の性格にも合うかもしれない。
仕事を探しをしなきゃいけないときが来たときのために、頭の片隅においておこう。
「いろいろやってみるもんだね。仕事ってのは、やってみないとわからないから。おいらも合わないこともいろいろやったよ。すぐに辞めた仕事もあったしな。紆余曲折してやっと自分に合うとこに落ち着いたんだ」
彼も自分なりの道を自分なりに探してきて、今ここにいる。
タクシーの運転手のおじさんとの時間は、俺の人生の記憶の1コマに
おじさんは、毎年1ヶ月間つかって旅行してきたので、日本中ほとんどの場所を周ってきたらしい。
今まで旅行で行ったところでどこが良かったか、と尋ねると、おじさんは北海道と答えた。
やはり風景が圧倒的で、日本の他の場所では見れない感動するところがたくさんあるからだそうだ。
何度も足を運んだという。
あの車は、北海道のような公共交通機関では旅行しずらい場所を移動するときに、機能を最大限に発揮してくれるらしい。
おじさんのような車があれば、近くに銭湯でもある駐車場を確保すれば、駐車場代だけで暮らしていけるんじゃないか。
そうすれば、毎月の家賃をかなり削減できるし、自由度が上がる。
バンで暮らす人生も、けっこう楽しいものかもしれない。
彼はタクシーの運転手として収入を得ているので、そういう生活はしていないようだけれど。
おじさんの旅行話や、人生の話に夢中になっていたら、すでにバスの時間が近づいていた。
そのことを伝えて、「福島に行くときはタクシー乗り場でおじさんを探しますね」と言うと、「じゃあ、おいらが君の地元に行ったら声かけてね」という返事が返ってきた。
見つけたら、声かけますよ。絶対かけますとも。
「じゃあ、またどこかで」と別れを告げて歩き出すと、おじさんが後ろから呼び止めた。
なんだろうと後ろを振り返ると、おじさんが車のドアを開けて何かごそごそとやっている。
「これ、もっていきなよ」
そういって、俺に渡してくれたのはブラックの缶コーヒー。
車の中の冷蔵庫で冷えていたので、うだるような暑さの真夏日には、肌にひんやり心地良い。
お礼を言うと、おじさんはニコっと笑って、「じゃあ、おいらはここでしばらく昼寝でもしていくよ」とまた自分の車に戻っていった。
バス停に歩き出すときに、さっきまでの心もとない気持ちに変化が生じていることに気づいた。
溜まっていたドロッとしたヘドロのような気分が、スッと流れていくようだった。
全く予期もしていないことが、旅では起こるものだ。
未来への不安が押し寄せてくるような経験をすることは誰でもあるだろう。
そんなとき、俺は今でもこのおじさんと出会った一場面を思い出す。
タクシードライバーなら年齢の制限も少ないし給料も悪くない
日本では何の経験もない人が個人タクシードライバーにはなれないが、経験を積めば独立することができる。
タクシードライバーの仕事は、未経験でも慣れるし、平均年齢も50代くらいなので年齢を問われることも少ないようだ。
『風の谷の無職』というブログを書いている国矢眼さんという方がいるが彼も昔、タクシードライバーだった。
たとえばその中の以下の記事のように、大きな都市でタクシードライバーをやれば、月収30~40万、年収400万以上も難しいことではないらしい。
他にもタクシードライバーをやっている人から聞いた話だが、歩合性なので頑張れば月に50万以上いくこともあるという。
やはり、休みたいときに休めるし、他の社員の目を気にしなくていいのはストレスが少ないといっていた。
一匹狼だけど少しは人としゃべれる人には天職ということ。
しかも現在、タクシードライバーは足りていないので、入社のときに祝い金として何十万も応募者に払ってまで募集をかけているのだという。
人材不足でタクシー会社は車が空いているよりも、それを使って少しでも稼いでほしいのだそうだ。
タクシードライバーの仕事に関心のある人は以下のサイトなどで給料や休暇など仕事の詳細をチェックしてみるといいだろう。
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